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プロペラ日記 10:メディア、メディウム、導かれた出会い。

我が家にはテレビがありません。
だから久しく番組も見ていなかったのだけど、先日、実家に帰った折に、久しぶりに見てみました。もはや過去のメディアなどとも言われるけど、やっぱりテレビって面白い!!

特に刺激的だったのは「100分de日本人論」というEテレの特番。皆さんの中にもこの番組をご覧になった方がいるかも知れませんね?人類学者の中沢新一さんら4人の論客の中で、議論の中心に座っていらしたのは松岡正剛先生。希代の編集家であり、編集工学という実学を打ち立てた博覧強記の偉人です。

今日の話題は、その松岡先生から始まる不思議なご縁、出会いのおハナシ。
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メディアとしての本棚。

ジョブスの iPhone 発表よりもさらに少し前、僕は松岡先生と、あるお仕事をご一緒していました。
それは、今や先生の代表的仕事となっている「千夜千冊」というプロジェクトのために「書棚」を考案するというものでした。千夜千冊は、松岡先生が古今東西・諸学諸芸の本を巡って記し続けている前代未聞の書評集。その「途方もないプロジェクト」のための「特別な書棚」の考案が求められていました。
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書物は万余の考想を刻印し、書架は胸中の全景を提示する。
書物と書架というもの、モダンデザインとモダンリビングの波及の中で、あまりにも看過されてきた。しかし、アリストテレス文庫から五山文庫まで、王羲之の文房書斎からオノレ・バルザックの書房に至まで、そこにはそれぞれの時空があったのである。—————松岡正剛(「千夜千冊・結」発足案内より抜粋)

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どうですか?例えばあなたがデザイナーだったなら、松岡先生にどんな本棚を提案しますか?

当時の僕にとってもこれは超難題でした。先生との何ヶ月にも渡る議論や試作を経て、僕は、書物と同じように棚も世界観を表出するメディアだと考えるに至ります。

提案した構造と仕組みは、先生の選書と配架によって「ある時空」の表象を可能にするものです。それぞれの棚が個として独立しつつも無限に自在に組み合わせられるシステムとしました。それは、単に思考の軌跡を枝状の繋がりや展開で類比、再現するということを越えて、知を抱いた棚自身が相互に作用し得る幾重ものうねりをつくり出し、広場や、路地や、塔や、回廊のような都市的様相を呈しつつ世界を再構築するような、、そしてそこに新たな関係性を取り結び、新たな思考を誘引するような、、、

なんて、この書棚について語り始めると、また別冊の日記が出来てしまうのでここでは止めておきます(笑)。

そうそう、ちょっと古いですが、その書棚のコンセプトを表現した動画を発掘しました。
これを見てもらうほうが、どんなものであるか想像しやすいかも知れません。

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天に導かれた出会い。

そもそも。
この貴重な仕事を僕に紹介してくれたのは、人と人を繋げることを生き甲斐とする、それこそメディウムを地で行く仙人のようなお爺さま。お爺は、実は千夜千冊に専用の書棚を作ることを最初に発案したプロデューサーで、僕は助っ人建築家として「(彼の企画書の中で伽藍と呼ばれていた)書棚」建立のお手伝いのため、声をかけて頂いたのでした。

お爺には何人もの優秀なブレーンがいました。その「とっておき」として紹介してくれたのが、デザイナーの掬矢吉水さんでした。ちょっと捻った漢字だけど、これでキクヤヨシミと読みます。

彼は飛び抜けて優れたデザイナーで、「千夜千冊」においては、そのウェブサイトの枠組み/仕組みを設計。この時に構築されたフレームワークが、その後のウェブの世界における情報掲示法のひとつのアーキタイプとなるわけですが、その立役者です。そしてまた、その発表当時に赤ちゃん用の神アプリと称された「BabyTap」の作者でもあります。グラフィックデザイナーの枠に納まらない才能。情報に関する専門領域の集合を設計するスペシャリスト、第一級の「情報建築家」です。僕のような空間を扱う建築家なら何万人もいるけど、彼のように情報建築家を名乗れる人間は日本にはまだ数えられる程度しかいません。

実は、、後に掬谷は、TofuONEの共同設立者となります。出会いの切っ掛けは千夜千冊だったわけです。恩人であるお爺は僕らを繋げて間もなく他界されてしまったから、今思うと、この縁は天に導かれた幸運だった様に思えます。書棚の構想とは別に進めていた僕自身の時間のプロジェクトも、彼と出会ったことで進む方向が開け、そして、丁度タイミングを合わせるように、前回のPROPELa日記の事件(iPhoneの登場)があったのでした。

iPhoneの衝撃、そして掬矢吉水との出会い。これを機に、僕たちの選択肢に「アプリ」が急浮上。紙のカレンダーの企画は、一気に、仮想空間に展開する時間のプラットフォームへと広がって行きました。個人の小さな想いが、人を巻込みまがら、宇宙のリズムさえ呑み込む壮大な企画に発展して行く過程も、もしかしたら天国のお爺のタクラミの内だったのかも知れません。

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人と人との出会い、繋がりは、本当に不思議ですね。偶然の連続のようで、必然であったりする。
いま僕たちが「PROPELa」を始めたことは、出会うべき人に出会い、出会うべき教えに接し、その時どきで判断/選択をしてきたからこそ。どこかでひとつでも違っていれば、そもそも僕は今の僕ではないし、あなたもここでこれを読むことはなかったでしょう。
僕にとっても、あなたにとっても、過去の出来事の全てが「いまココ」をつくる必然となっているということです。ちょっとインド哲学的ですが、すべてのものの存在は、孤立せずに関係性の中に在り、例えば実際に未来のある地点からそれまでを振り返って見たとすると、今起きている全てのことは、起こるべくして起きていると。縁という関係の連続。お爺が大好きだった言葉、まさにこれが「縁起」ということでしょうね。

過去は歴史のもの、未来は未知のもの、現在は贈りもの(だからpresent)だそうです。
過去にも未来にも直接触れることは出来ない。だから唯一確かな「いまココ」で、自分が出来ることに懸命に取り組むことが大切だと、改めて思うのです。いまもこうして天から頂き続けている「贈りもの」に感謝を持って。

sanka
出典:http://www.soylabo.net/works/furniture/sanka/sanka01.JPG

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