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プロペラ日記 06:「時間」にカタチはありますか?

行動アシストアプリ「PROPELa」のリリースまで、ついにあと4日となりました!
いよいよ開発も最終段階。「審査」突入です。

アプリをapp storeで販売/配布するためには、公開前に審査があります。
Apple の Developer サイトには、アプリケーション審査に関して次のような説明が。

審査プロセスの目的は、App Store や Mac App Storeで公開される
アプリケーションが信頼できるものであり、期待どおりに動作することと、
露骨または不快な表現が含まれていないことを確認することです。

販売するのに相応しいものであるか、技術、コンテンツ、設計の基準に従って審査を受け、
通過する必要があるのです。

僕たちも、3日前にその審査申請に滑り込みで提出。
審査に掛かる平均時間(日数)からすると、実はギリギリのタイミングでした。
リジェクトされないよう作り込んだつもりなので、あとは委ねるしかありません。
ティザーサイトのカウントダウン通りに行きますように、、
いま、僕たちチームも祈るような気持ちでいます。

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さて。

前回は「空間」から「時間」への興味の拡大について触れました。
今回は、果たして僕たちはその時間の正体というものに迫れるのか、という、おハナシ。

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時間のカタチを取り出す! 

もう随分前の話になりますが、「人にとって時間とは何か」ということを理解するために、
僕は、時間の「姿」なるものを想像しようとしていました。

建築家的なアプローチかも知れませんが、
僕にとっては、モノゴトへの理解と、スガタカタチの構造的な理解はほぼ同じことです。
なので、時間というものに、もし納得のいく姿を与えることが出来れば、
それはそいつの理解にも一歩近づくことになるのではないかと思ったのです。

けれど、相手は「時間」です。
抽象的な概念はあるものの、具体的な形があるわけではありません。これがなかなか難しい。

例えば時計は、その抽象概念の一部を上手く物体に落とした例ですね。
何が素晴らしいかと言えば、あの、回転運動の発明です。
あれは最小の仕掛けで無限を表現しています。
始点も終点もなくずっとグルグル廻り続けるわけです。

でも、あれが時間の形だというのなら、それは乱暴過ぎると思うのです。
だいたい、12時間で1回転というのは地球のサイクルから見て身勝手な設定だし、
12時間よりも長い時間、例えば一週間や一ヶ月という単位、季節、あるいは歴史を
そのコンディションとして映すことも出来ない。
そう言えばMoon Phaseが見える腕時計なんかはあるけど、殆ど装飾の域に留まっています…

別のカタチ。
例えばカレンダーは、プロペラ日記03で触れたように月の単位が基本だとしても、
ひと月ごとに紙をめくるもの、一年をポスター状に一枚で一覧させるもの、いろいろある。
現行のグレゴリオ暦ばかりでなく、旧暦で月の周期に寄り添おうとするものもあるけれど、
何れにしても月を基準に時間を把握すると、今度は1日の時間経過へのフォーカスが難しい。

人間の活動は、1時間、1日、1週間、、という風に基準となるあるリズムを必要としていて、
そのリズムの中の時間的領域を制御するため、スケジューラーと呼ばれるものが登場する。
そこには様々なニーズに対応した工夫がされて、一日の活動を18時間もしくは24時間で
記録出来るもの、見開きで1週間、2週間のヴューなど短くセグメントするものから、
逆に一年の全ての日を一直線上に並べた上で、つづら折りに畳んだようなものまであります。

螺旋時計
参照:http://bigsounds.tumblr.com/post/15574352112/i-have-patience-she-said-sure-he-replied

限りなく普遍的で、限りなく主観的なもの。

確かにそれぞれよく考えられいて素晴らしいのだけど、僕の考える時間のカタチとは全然違う。
型に押し込めた時間ではなくて、実感としての時間の性質を出来るだけ再現したかった。
限りなく普遍的な存在でありながら、同時に限りなく主観的に変質するもの、、
当時、僕の考えていた時間の性質を言葉にしてみると、下記の4つの大きな特徴があります。

  • 1、シームレスに繋がる。
      今日と明日、今週と来週、今月と来月、今年と来年の間が継ぎ目無く繋がっている。

  • 2、伸縮自在である。
      12時間にフォーカスすること、一年を計画すること、千年を俯瞰することも出来る。

  • 3、地球の運動とリンクする。
      人間が地上で感得する時間は、宇宙の中での地球の動き、太陽と月との関係とリンク。

  • 4、レイヤーを持つ。
      過去から未来へ一方向にフローするも、モード別に輻輳する幾つものレイヤーを持つ。

言葉上で定義をして、そのカタチを探る。試行錯誤が始まりました。
まず、手許にある紙を折り畳んで、自分用のカレンダーをつくり始めます。いや、、
カレンダーであり、スケジューラーであり、時計であり、年表でもあるような時間の記述法、
まだ世の中に存在しない時間の具象化の方法を発見しようとしました。
これまでの歴史で人類がまだ試していないノーテイションがあるかも知れない。
微かな希望にすがって、僕はひたすら、紙を折ったり、丸めたり、刻んだり、繋いだり、、
とにかく試していたのです。

けれど、今思えば、その手法は始めから無理を含んでいました。
だって、時間という無限を、紙面という有限の上に乗せようとしていたのですから。

完全に袋小路に入ってしまったと思われた、このあと、、
2つの大きな出来事によって、プロジェクトは転機を迎えます。

次回は僕にとってだけでなく、世界中が衝撃を受けた「あの事件」のことと、
天の導きによる出会いについてお話ししますね。

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プロペラ日記 05:イメージを現実にする技術とモチベーション

人にはモチベーションが必要です。
何か新しいコトを始める時、例えばスタートアップへの挑戦にあっては、特に。

だから、
なぜそのコトに挑み、何を実現したいのか。
そこにはどんな意味があって、だれのどんな欲望を満たすのか。それを明確にした方がいい

リスクを冒してでも前に進もうとするのが起業というものだと思うのだけど、
具体的に動き始めれば当然、いくつもの困難に直面するわけです。
そんな時にも強い動機付け(モチベーション)があれば、エンジンは止まらない。
向かい風にプロペラを廻し続けることが出来ます。
起業にとって起業家がエンジンだとすれば、モチベーションはさしずめ燃料と言ったところかな。

今回は、PROPELaにもインスピレーションを与えてくれている尊敬すべき先達のエピソードから
イメージを現実にする技術とモチベーションにまつわる話をしてみましょう。 

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ヒトが空を飛んだ日。

20世紀初頭。
誰もが無理だと言っていた「夢のようなこと」に、諦めず挑み続けていた男たちがいた。
その夢は彼らだけのものではなく、まさに「人類の夢」でした。
有史以来、人間がずぅーっと抱き続けて来た大きな憧れ。男も女も、老人も子供も、
そしてきっと現代人であるあなたでさえ、空を見上げて思ったことがあるはずです。

「鳥になりたい、、大空を自由に飛び回れる翼が欲しい」って。

当時、その夢を愚直に追い続けていた彼らの挑戦には、強い逆風が吹いていました。
「機械で空を飛ぶ」という構想に対して、
世間は根拠無く、無理だ、出来っこない。と決めつけたようです。それだけでなく、
メディアをはじめ、軍も、大学も、数学や天文学その他一流の科学者たちまでもがこぞって
機械が空を飛ぶことは、科学的に不可能。」と断じていた時代だったのです。

それでも彼らは諦めません。世間の逆風さえも揚力に変える、不屈の挑戦を続けた二人の男。
自転車屋を経営しながら地道な研究と実験を重ねていた彼らこそ、ご存知、ライト兄弟です。
彼らの挑戦を支えたモチベーションは、「空を飛びたい」というシンプルな欲望でした
そして今から111年前の12月、ついに実験は成功します。
 
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ロープを解き放すとマシーンは滑走を始め、11km/hから13km/hくらいまでスピードを上げた。
マシーンは4番目のレールにさしかかったところで宙に浮いた。
ダニエルは、まさにレールを離れる瞬間をカメラに捕らえた。
前方の昇降舵が重心に近いために過敏な反応を示し、上下運動を制御するのが非常に困難だった。
マシーンは10フィートくらい上昇したかと思うと、今度は地面に向かって急降下した。
レールの終端から100フィートくらいのところで突然地面にたたきつけられた。
飛行時間12秒。

ー 1903年12月17日、オービル・ライト手記より ー

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人類初の、プロペラとエンジンを使った動力飛行の瞬間でした。観客はたったの5人。
それでもしばらく、世間は実験成功を信用しようとせず、実はこの後二人は大変な苦労をします。
けれど、この日を境に時代は大きく旋回し、航空機の爆発的発達の時代に入って行きます。

ついに「人類の夢」を叶えた二人。
彼らの、イメージを現実にした力は、実現するまで挑戦を止めなかったこと。
「空を飛びたい」という、シンプルだけれど強いモチベーション が、世界を変えたのです。

初飛行
出典:http://www.wetwing.com/wright/machines/machinefoto/1903flyer.jpg

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イメージを現実にする技術。

ところで、このブログの筆者の一人である僕(ヤマナカユウイチロウ)は、
既にバレているかも知れませんが、、、いわゆるIT業界の人間ではありません。
専門は建築設計/デザイン。S.O.Y. LABO.という屋号で活動する「建築家」です。

建築とITの関係は、今ではいろんな場面で語られ、また実践もされていますが、
僕は、そのような建築の情報技術の文脈からこの業界にアプローチして来たわけではなく、
むしろ、実はベクトルとしては全然違う方向を向いてきました。

いま、建築の設計作業はみんなCADになったし、CGでのプレゼンも普通になりました。
そしてもはや次の変化としてBIM(Building Information Modeling)への移行も加速しています。

でも、様々なシュミレーション技術が進み、鉄骨やコンクリでビルがいくら高層化しても、
本質は、竹の骨に土を盛っていた昔からあまり変わっていない。
基本的には人の手でひとつひとつ材料を組み上げていく、超プリミティヴな世界です。

僕だってもちろんCADは使うし、テクノロジーに無関心ではいられないけど
設計や施工の表舞台で起きている進化/イノヴェーションよりも、
建築のアナログさ、そのプリミティヴな原理にどうしようもなく惹かれてしまいます。

大地を拠り所にする生い立ち。携わる大勢の人間の好意の積み重なり。
自然の素材、職人の技、肌触り、匂い。そういう定量化出来ないもののヴァイブスを感じるし、
また、その共振がなければ再現出来ない空間の質というものが確かにあるのです。
 
僕はすでに20年、建築のそんな世界にどっぷりと浸かって来ました。
お陰で頭の中で想起した空間は、光の反射に至るまで、ほぼそのように作れるようになった。
いつしか日常のことになっていて自覚してなかったけど、考えてみればエラいことです。
実体として何も存在していない単なるイメージだったものが、ある時、実空間に出現して、
例えば、そこに人が住めてしまうなんて。

それは、イメージを現実にする技術。
イメージを現実にするといっても、晩ごはんの新しいメニューを思いついて作ってみるという
個人で実現可能なものから、多くの他人を巻込まないと実現出来ないことまでいろいろあるけれど
よりシビアにこの技術を身に付けるなら巻込む人は多ければ多いほどいい。

そう考えると建築は、これを鍛えるのにうってつけの職業だったかもしれない。
ひとりでは不可能なことも、皆んなでなら可能になる。
なにしろ延べ何十人、何百人、時には何千人もの人の関わりがなければ建築は作れないのだから。

soy
出典:http://www.soylabo.net/blog/IMG_8853-.jpg
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モチベーションを生む”不足”。

でも、こうやって空間を扱いながら、一方で僕は不足を感じるようになっていました。
その感覚は「空間」と一緒に世界を構成しているもうひとつの大きな要素「時間」についての
ある欲求から生まれている、と気付きます。

僕が「空間」を設計する時、「時間」も同時に設計しています。昼と夜では当然あかりの質も、
空間の機能や目的も変わるし、同じ日中でも季節と時間帯でコンディションは全く変わります。
太陽高度と入射角を想定して壁を立て窓を穿ち、反射率と拡散率を踏まえて材料や色を選定し、
一日を通じ、また季節を通じてその空間の質がどう変化するのかを想像します。

結果、イメージ通りの心地良い「空間」作れたとして、でもそこで重要な要素として参照した
「時間」に対しては、間接的にしか触れられていないのではないか、という疑念が残るのです。

もっと直接的に時間に触れたい。
それが僕のモチベーションになっていきました。

僕たちの世界においては、「時空」として語られるように両者は不可分だし、
片方の存在がもう片方の存在を計る媒質でもある。
でも、例え並べて語られたとしても根本的に違う存在。それこそ次元が違うのです。
時間は、空間のように直接働きかけて変形させることが出来ないし、
もし出来たとしても、それが他人と共有可能なものなのかどうか、極めて怪しい。

宇宙を通底する基本原理のようにも思えるし、それぞれ個別の感覚器によって感得される
超個人的かつ状況即応的な属性の、柔らかい尺度のようにも思える。
そんなものをドウコウしたいなんて望みは、タイムマシンをつくる無邪気な夢と同様に
不可能な挑戦なのかも知れない。

けれど、そこがいい。
自分には到底無理だと思えることに、挑み方さえ分からないようなものこそに挑みたい。
こう出来たら成功…なんて、気軽にゴールのイメージが描けないものほどやってみる価値がある。

僕の場合、「時間に触れたい」という命題を得て、モチベーションは十分に喚起された。
でも実際のところ、その命題に対する挑み方が全く分からなくて、長い時間を使ってしまいます。

迷走の末、僕がようやく掴んだ糸口が iPhoneで、そしてアプリの開発だったというわけです。
その後、多くの支援者や仲間と出会い、巻込みながら、
そうやっていま、僕たちの「PROPELa/プロペラ」に繋がって行くのですが、、
この辺りの詳しい話はまた、回を改めることにしましょう。

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無限の可能性を拓く、「次」。

脳科学者の茂木健一郎さんもグロービスでの講演で語っています。
無限について触れた一節で、「無限というのは、数学的には『次がある』ということ」
「人間は無限そのものを手に入れることは出来ないけど、『次がある』と解って行動する限り
無限と向き合える。
」「僕も、君も、日本も、無限の可能性を持っている」のだと。
だから「次」を設定することが大事で、それは「『無理ゲー』であればあるほど良い。」
要約すると、そんな内容だったと思います。

これは勇気づけられますよね。
僕たちは無限の可能性を持っている。
そしてやっぱり、自分では無理だと思うことこそ、挑戦する意味があるということです。

そして、前出の「イメージ」は、茂木さんのいうところの「次」。
– 1.無理だと思えても、まず理想を設定する。
– 2.その理想的「イメージ『次』」を強く持つ。
– 3.そしてその「イメージ『次』」を現実にするために動く。

なんだか、茂木さんの言葉に、新たなモチベーションを注入してもらったようです。
最後に。よく言われていることですが、ここに改めて記しておきます。

イメージを現実にする唯一の方法は、実現するまで挑戦を止めないこと。

挑戦中の自らへの戒めとして。
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プロペラ日記 04:渾然たる調和、完全なる単純…としての「とうふ」?

ごめんなさい。
日記も04まで来ましたが、まだ、ちゃんとした自己紹介をさせて頂いておりませんでした。
今回はちょっと自分たちのことをお話しさせて頂きたいと思います。

僕たちチームは、TofuONE/トフワンといいます。
いま、行動アシスタントアプリ「PROPELa/プロペラ」をリリースに向けて鋭意製作中です。
いわゆる「IT」を扱う会社ですが、その本質はモノづくりの職人集団だと思っています。
モノづくりにおいて僕たちの目指すべき理想像は、実は「とうふ」です。

ん?トーフ?
そう、「とうふ」
「 豆腐:tofu = soybean curd 」です!

あの白くて四角くて柔らかいヤツ。。(笑)

tofu
出典:http://www.sagamiya-kk.co.jp/trivia/img/main.jpg

豆腐って、僕たち日本人には余りにも身近で、ありふれていて、単純なものだから、
そこに美を見出したり、いちいちその存在の凄さに気を留めたりしないわけだけれど、
人間が生み出したひとつの「プロダクト」としてみれば、
実はその在り方に、深〜い意義を見出すことが出来ます。

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腐ってなくても「豆腐」?

本題に入る前に、ちょっと、気になることを解決しておきましょう。
豆腐って、腐っていないのに、何故「腐」なのか。

まずはその漢字をよく見てみます。
漢字は、素晴らしく良く組織されたインフォメーションデザインの典型ですから、
そのデザインに込められた情報を読み解くわけです。

  • 「广」
    广(まだれ)は、崖を利用した、半分岩に埋没した家屋(岩屋)の形を象ったもの。
    暗くひんやりした空間の特性から、岩屋は、仏像の安置所や礼拝所、納屋や倉として
    使われることが多かったようです。

  • 「府」
    上記のまだれは、実は、この文字の一部でした。府には、
    モノを詰めてしまい込む倉の意味があります。モノがびっちりとくっ付いているイメージ。

  • 「肉」
    府の下に配置かれた肉は、この倉に貯蔵されたものを示しています。
    古来中国において、倉の中で肉を熟成させるという習慣があったのかは知りませんが、
    何れにしても、「暗い岩屋の倉の中で、びっちりと詰められた肉が熟成されている、、」
    そんな景色が「腐」という、たった一文字のタイムカプセルから飛び出して来るわけです。
    インフォメーション・ヴィークル「漢字」。恐るべし、です。

つまり、「腐」の字義としては、熟成させるとか発酵させる、ということになります。
必ずしも腐っていないですね。(笑)
そして熟成されたお肉が柔らかくなることから転じて、
「やわらかい、ぶよぶよした、寄せて固めた」等の状態を表す言葉となりました。
日本語でいう「腐る」という意味も無いわけではないようですが、
こんな成立ちを知ればむしろ、腐るという狭い用法の方がマイナーなのだと理解出来ます。

漢字は、その長い歴史の中で意味が狭められ、歪曲されることもある。
この偉大なインフォメーションデザインのユーザーである僕たちは、
古代のデザイナー達にもっと敬意を払い、その運用にもう少し気を配るべきだと思うのです。
 
どうでしょう?
これで「腐」という文字に対する不当なマイナスイメージを、少しは拭えたでしょうか?
つまり「豆腐」は、「やわらかい豆を寄せて固めたもの」という意味だったんですね。
  
まずは、おとうふさんの名誉のために。

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哲人の遺した言葉

さて、では本題に入ります。
プロダクトとしての豆腐、その深い存在意義について。

僕が尊敬する20世紀の建築家に、白井晟一(1905〜1983)という人がいます。
「象徴的な形態と光に対する独特な感性(Wikipedia)」の持ち主で、
モダニズム建築の主流には迎合しない孤高の人でした。

今も見ることができる建築作品として、
松濤美術館や、親和銀行(本店と複数の支店)、麻布台に聳えるノアビルなどが有名です。

shinwa
shirai
出典:http://stat.ameba.jp/user_images/20120429/14/craftmanship/79/1f/j/o0389058711942571256.jpg
出典:http://img.allabout.co.jp/gm/article/374102/1.jpg

若い頃から美学や哲学に傾倒した彼は、シベリア経由で渡欧しベルリン大学で哲学を修得。
それゆえ、その言論や建築作品は、哲学的含蓄を濃く映しています。

そんな白井先生が、日常の思考を綴った「無窓」(晶文社) というエッセイ集があり、
その中に「豆腐」についても一節を当てて、独特の素晴らしい考察を遺されています。

これからイメージして頂くのは、中国の豆腐でなはく、より柔らかい日本の豆腐。
しかも木綿よりも、絹ごしのお豆腐がいいです。
では、僕たちに豆腐というものの存在の意義を改めて気付かせてくれる、
彼の観察の一端をご紹介しましょう。

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  『…これ以外のものをゆるさない形と、色と、物理的性質に到達し、
  いや、人間のために満足な「用」となって奉仕するものを完全というならば、
  われわれは豆腐において、具体的な生活の目的のために具現された、
  ひとつの「完全なるもの」を見ることができる

  (中略)
  …あらゆる部分が弁別できないほど、緊密に結合して一つの全体のうちにとけこみ、
  渾然たる調和に統一されている、そういう完全なる単純
… 
  白井晟一 (「豆腐」より抜粋 ) 』

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どうですか、この言いっぷり!
つまりは「用」としての純粋さや完成度と「常」としての身近さや透明度が、ハンパないと。

これは、本当に凄いことなのです。
あまりにも身近で、ありふれていて、単純で、誰もその存在を特別扱いしたりしないのに、
必要十分な機能を備え、日本中で毎日のように求められ、きちんとそれに応えて行く。
しかも何百年もの永きに渡って。

自分もいつかそんなモノをつくってみたい… そう思わずにはいられません。
プロダクトとしての豆腐が到達しているその高みを、いま、僕たちも目指そうとしています。

そんなわけで、恐れ多くもそんなお豆腐様にあやかって、
自分たちの会社の名前に「Tofu」を入れたという次第です。

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もうひとつの願い

そしてさらに(!)

実は、Tofuというのは、Time Oriented Functional Utility の略でもあります。
つまり時間を志向した機能的で有益なもの。

僕たちとて、モノづくりが出来れば何でも良いわけでもなくて、
時間を主題に、人の役に立つ道具」を作りたい、という強い思いがあるんです!!

すると次には、「なんで時間なの?」とか、
いろんな表現手段があるのに、なんで「アプリ」だったの?とか、
「そういえば、ONEの説明は聞いてないよ!」とか言いたくなっちゃいますか?

う〜ん、でも長くなってしまうので、その話はまた後日。。

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プロペラ日記 03:言葉から生まれるプロダクト

前回、カレンダーとスケジューラーの違いに触れました。
カレンダーからスケジューラーへの機能の変化はユーザーの欲望に沿った進化であって
これからもまた、別の機能と相応しい呼び名を生みだす
だろうと。

僕たちは発想の源としての言葉の力を信じているところがあって、本来の意味への探索や
名付けという行為をとても大切に思っています。
今回は、ひとつの言葉をどのようにプロダクションへ繋げるのか、簡単な例をご紹介します。

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言葉からの着想。

例えば、カレンダーというものを主題にする場合。
僕らがよく知っていると思っている日常の言葉であっても、いや、そうであればむしろ、
改めて辞書を繰ってみるのは面白い。意外な発見や、認識を新たにすること度々です。

ということで、「カレンダー」という言葉が本来指し示しているものを探ってみましょう。
まずは語源ですね。

その語源では、kalendae というラテン語に行き当たります。
古代ローマでは、夕方、月が見えると「月が見えた!」と叫んだそうです。(本当か?笑)
毎夜叫んでいたという説があるくらいですから、新月明けにはとりわけ大きく叫んだのかも。
なので「叫ぶ」の「カロ/カレンデ」から「カレンダエ」という言葉になったと言われます。
これは「毎月最初の日」という意味です。

太陰太陽暦を含む太陰暦において、月の始まる日といえば、朔(さく/new moon)。
”現代的に言えば”新月ですね。
月と太陽の視黄経が等しくなる状態またその時刻のことで、実際には瞬間的な現象ですが
それを含む日のことを朔日と言います。

なぜ、”現代的に…”と言ったかというと、本来は月の見えなくなる朔(暗月)の後、
初めて見える細〜い月を新月と呼んでいた
から。
古代ローマ人は、ここで「月が見えたぞ!」ととりわけ大きく叫んだわけです。
現代の新月と呼ばれる状態とズレていますね。
そういえば子供の頃、月が無いのにどうして新月と呼ぶのだろうと疑問に思っていたので、
本来の使い方のほうだったら納得出来たのに!と、ローマ人に共感して叫びたくなります。

ローマでは叫んでから逆算し、月齢の起点を計っていたようですが。

newmoon
出典:http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/t/tarotsakurako/20141112/20141112214846.jpg

言葉からの逍遥。

ちょっと横道に逸れますが、この月の消滅と再生のイメージについては、
絵本の魔術師、エリック・カールの作品に描かれている世界にも触れておきましょう。
世界的ベストセラー絵本「はらぺこあおむし」の作者が、娘に贈った、
夜空を見上げるステキなお話し。

「パパ、お月さまとって!」(原題:Papa, Please Get the Moon for Me)

お月さまと遊びたいというモニカのために、パパは長い長い梯子を月に掛けて持ち帰る。
大喜びで月と遊ぶモニカだけど、そのうち、月が痩せて来て、、ついに消えてしまう。
けれど、寂しい思いをしているモニカの頭上に、再び、、

というようなストーリーで、日本では偕成社から出版されています。
紙面の大きさの限界を破る仕掛けが秀逸で、梯子の長さや、空の高さや、月の大きさを
見事に表現しています。子どもがビックリするような月の巨大さを見せたあと、
それがだんだん小さくなっていく様子がドラマチックに、ちょっと切なく描かれていて。
独特のコラージュ、色彩も美しい絵本で、僕も自分の子どもに何度も読んで聞かせました。
なにしろ「パパ」名指しなので。(笑)

moon
出典:http://quesera230.exblog.jp/i15/

おっと、朔日のことでした。。

日本ではどうだったか。
調べてみると日本では、システマティックな暦が運用される以前は、
農耕のために自然の移り変わりを読む、大らかな自然暦を使っていたようです。
そもそも「こよみ」という言葉も、ふつか、みっか、よっかという日を意味する「か」から、
日(か)を数えることを「かよみ」といったので、転じて「こよみ」になったそう。

でも、月の始まる日は特別に「ひとひ」と呼んでいて、
それもいつしか「月立ち(つきたち/ついたち)」と呼ぶようになった。

正式な暦が百済から伝えられたのは6世紀中頃。
そうして漢語として移入された朔日を「ついたち」と訓読みするようになったらしい。
そう、「ついたち」って、「月立ち」だったんですね。

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言葉への帰結。

ひとつの言葉を巡って思考がローマから絵本から古代日本へ廻り道をしましたが、、

ここで何が言いたいかといえば、
結局、「カレンダー」という言葉にとっては、月の単位がとても重要であるということ。
年単位のものも、週単位のものも、日めくりもありますが、本来的には月単位。
もしくは、新月から満月を経てまた新月へ戻る周期を意識した使用であったり、
新月明けに叫びたくなるような衝動を孕むものであれば、言葉と本来の意味が合致して、
力を得る
ような気がする、、ということです。

その音の響きや、それらが引き連れて来るイメージの群れまで含めて大袈裟に言うと、
いわゆる「言霊」っていうやつですね。

だから例えば、僕たちのアプリPROPELaの中に設定する、日程を扱うような機能に対して、
それをカレンダーと呼ぶのか、あるいはスケジューラと呼ぶのかということや、
その機能が表現するものの根底にどんな概念を置いておくべきか、などということを、
上記のような考察や連想から、思考を巡らせて決定している、、というお話しでした。

言葉って面白いですね。

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プロペラ日記 02:カレンダーとスケジューラの違いを知っていますか?

連休は楽しまれましたか?
山も色付く行楽シーズン。天気も安定して、お出かけには最高だったのではないでしょうか。

お出かけの機会を存分に楽しむために事前の情報入手は大切です。ネット検索だけでなく
最近は専用アプリも充実してきて、既にいろんなアプリを試されているかもしれませんね。

例えば、こんなアプリが人気を集めているようです。
tab
 ”おでかけスクラップ” 出典tab
Yahoo! Sonomy
 ”興味に合うおでかけを提案” 出典Yahoo! Sonomy
Culuu       
 ”あなた専用のコンシェルジュ” 出典CULUU
           
「事前の情報入手」と書きましたが、今は様々な手段で簡単に情報が揃うようになりました。
もしかしたら、必ずしも全てを事前に調べておく必要性を感じなくなっているかも。。
時代はモノゴトを、より「即時的」に処理しようとする傾向を強めているようです。

そういう意味で現代の僕たちは、前もってプランを立てる計画力と同様に、
そのプランを直前、あるいはその場で修正できる柔軟性や対応力が問われるようになった、
と言えると思います。

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カレンダーとスケジューラの違いって?

ところで、前回はカレンダーやマップのお話をしました。
それらはつまり、予定の管理や、移動の確認をするための道具です。

前回の記事の中では、
カレンダーとスケジューラ、マップとナビという呼び名を敢えて区別せずに使いましたが、
より正確に言うと、そのそれぞれは、案外違う働きと意味合いを持っています。

その違いは、かつてカレンダーやマップと呼ばれていたものが果たしていた機能と、
現在のユーザーがそれらに求める機能に変化があったことに起因して生じました。
より複雑で「即時的」な要求に対応していった結果、内包されていた一部の機能が拡張され、
より相応しい呼び名を獲得していったのだと言えるでしょう。

例えば、今ではもはや当たり前ですが、、
カレンダーは単なる暦としてではなく、個人やグループの「スケジューラ」となり、
時間単位、あるいは分単位で予定のやりくりを管理出来るようになっていますし、
マップは伸縮自在の地図が見られるだけでなく、GPSで捕捉した現在地と目的地を反映して、
最短の経路や、乗換えの案内まで提示する「ルートナビ」として機能するようになりました。

単純な変化に思えますが、実はこれは、天動説から地動説への変化くらいに大きな変化です。
だって、暦や地図のような「静的な基準」に対して自分を位置づける行為から、
スケジューラやルートナビゲーションのような「動的に変化する基準」に対して、
さらに動的に対応する自分をもって、相対化するようになったのですから。

カレンダーから「スケジューラ」へ、マップから「ルートナビ」へ。
ユーザーの欲望から発露したものとは言え、同時にそのユーザーにも柔軟性や対応力を求めつつ
それぞれに凄い進化を遂げてきたのだと思います。

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ルートナビ や スケジュールアプリの課題、5つ。

でも、まだ何かが違う、、と僕たちは思うのです。
それぞれの機能が専門特化するほど、前回述べたような現実世界との「違和感」は生まれるし、
具体的なサービスを想起してみても、課題と思えることがいくつか浮かんで来ます。

ユーザーが自覚している欲求から、まだ自覚してないかもしれない問題まで、
僕たちが考えている課題は、大きくは下記の5つです。

.

  1. 日常でルートが知りたい場面では、慌てていたり、荷物を持っていたり。
    移動の際のルートを(いちいち入力などせずに)もっとスマートに知りたい。

  2. 専用アプリの乱立で、際限なくアプリが羅列されていく状況を何とかしたい。
    本当に必要なことに広く深くリーチする、ハブとなるような「まとめアプリ」が欲しい。

  3. 「検索すれば見える」は「検索しなきゃ見えない」と同義。
    検索せずとも必要な時に必要なことを届けられないか。

  4. スケジューラを行動管理の道具とだけ考えるのは勿体ない。
    予定は資産、移動はチャンスと考えられないか。

  5. そう考えるならば、スケジューラは個人の道具なのだから、
    もっと自分のこと(仕事の内容や好み、行動の現況など)を学習し、賢くあって欲しい。

.

僕たちのグランドプランでは、この全てに応えるものを構想しています。
PROPELa/プロペラ」はその最初の一手。
先ずはこれらの課題の中心にある「予定と移動」を気持ち良くサポートすることから。

ユーザーの行動の現状を捕捉し、スケジューラとルートナビが相互に対応関係をつくりながら、
いつでも必要な状態になるように自動で案内を書き換えます
(これで移動しながらのルート検索を不要にします)
さらに予定に対する実際の行動を判定して届けられるノーティフィケーションが加わって、
全体で気持ちよい行動アシストを実現するのです。

.

スマートアシスタント アプリ「PROPELa」

単なるスケジューラ、単なるルートナビではありません。また、その単なる複合体でもない。
僕たちはこれをスマートアシスタントと呼ぶことにしました。

PROPELa ________ Smart Assistant that predicts your next move 

最短ステップのルートナビとスケジュール連動の賢い通知で、移動を圧倒的にラクにする!

あ〜、言い切ってしまいました。。
でも、一度使って頂ければ理解して頂けると思います。

今日の説明で出てきた「実際の行動を判定して届けられるノーティフィケーション」や
「ルート検索を不要に」する技術、(これらは前々回に触れた Apple Watch にも最高でしょう。)
また、「僕たちのグランドプラン」なども含めて、いずれ日を改めて、ご紹介したいと思います。

空飛ぶ船
出典:http://1.bp.blogspot.com/-THMUVvatk7Y/T26YFBNIXgI/AAAAAAAAACk/FEIaZZD7TaE/s1600/3m_ship.jpg

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プロペラ日記 01:マップ、カレンダー、超ド級アプリ群に飛び込む!

東京での生活は、毎日のように電車やバスに乗って、、そして案外、歩いてもいます。
考えてみれば、「移動」は僕たちの生活の重要な一部となっていますね。

PROPELa/プロペラ」 は、そんな僕たちの毎日を支援する「スマートアシスタント アプリ」。

社会をちょっとだけ良くするために、身近な小さな問題から解決していこうという試みです。
例えば「予定と移動」に関して、毎回誰もが、小さなストレスに直面しています。
急いでいるとき、荷物が多いとき、複雑な乗換があるときにかぎって、
改めてスマートフォンでの検索が必要になったりしませんか?

先ずはそれを解消したい!

「予定」も「移動」も、社会生活を送る全ての人が自分のこととして関わっているテーマ。
だからニーズも大きいはずです。
だけどもちろん既に、この普遍的テーマの周辺には、グーグルをはじめ
巨大な既存サービスがひしめいていて、ビジネスとしても激戦地となっています。

予定と移動に関するメジャーアプリ群

では「予定」と「移動」それぞれにどのようなメジャーサービスがあるか、
ちょっと見てみましょう。

「予定」(カレンダー、スケジューラー、ToDo等)

iCal (preinstall for iOS)
Google カレンダー (preinstall for Android)
Sunruise Calendar
easilydo
Any-do Cal
ジョルテ
 :

「移動」(マップ、ナビゲーション、トラベル等)

Map (preinstall for iOS)
Google maps (preinstall for Android)
Google now (preinstall for Android)
NAVITIME
乗換案内
駅すぱあと
 :

海外勢も、日本勢も、それぞれ間違いなく超ド級の凄いアプリばかり。
しかも「予定」や「移動」は、社会生活に必ず必要になるなので、iPhoneでもAndroidでも、
予め標準で搭載された「プリインストールもの」があり、それが大きなシェアを占めています。
つまり上記のメジャーサービスも、残されたシェアの中での激しい競合状態にあるのです。

、、クラクラして来ます。
なぜ僕たちは、わざわざそんなところへ脚を踏み入れようとしているのか。
この話をすると、ホント素朴に、「莫迦なの?」とよく言われます。(笑)

確かに無謀でしょう、、、でも、社会に対して僕たちに何が出来るかを考えた時、
些細なことであっても、現代の社会生活の中で多くの人が関係するテーマを扱いたかった。
小さな「いいね!」の集積が、やがて大きなものを動かす力になると信じてみたくて、
敢えて飛び込んだのかも知れません。

「時間」と「空間」の分ち難い関係。新しいサービスの予感。

詳しい調査を待つまでもなく、
既存のカレンダーやスケジューラは主に「時間」を扱い、
同様にマップやナビゲーションは「空間」を扱っているということは分かります。
そして、それぞれは良い意味で独立し、専用アプリとして相当に深められています。

けれど、それらを並列に繋げるようなサービスが足りない。。
現実世界では両者は常に不可分に併存するというのに。
その違和感。。そこに、まだ僕たちが入り込む余地があるような、微かな予感がありました。

つまり、「カレンダー」と「マップ」を分ち難いものと考えてみること。
予定は移動を規定し、移動は予定に影響を与えます。
相互に対応関係を生む「時間と空間」が、常にフローするようなサービスが出来ないか。。

僕たちは「時間と空間」に係る可能性をさんざん研究し、試作もして、ついにここへ至りました。
既存の巨大で素晴らしいサービスの中にあっても、ここにしかない価値を提供出来るはず。
結局、とてもシンプルな提案です。

一度使って頂ければ、すぐに理解して頂けるでしょう。
スマートアシスタント アプリ「PROPELa/プロペラ」に関する具体的な詳しい説明は、
また次の機会に。

Titanic
出典:http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/89/Titanic%27s_propellers.jpg
   驚愕。。タイタニック号のスクリューのようです。

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Apple WatchのSDK「Watch Kit」が発表されたので要点をまとめてみました

WatchKit

こんにちは。

ようやくApple Watch用のSDK、WatchKitが発表されましたね。
Apple Watchで動作するアプリケーションは、WatchKit App(WatchKitアプリ)と呼ばれるようです。

私たちのアプリ「PROPELa」も、Apple Watch発売にあわせて動作するようにしたいと思っていますので、AppleのデベロッパーサイトでNDA無しに公開されている動画を元に、要点を日本語でまとめてみたいと思います。正確な情報はdeveloper.apple.comから英語で手に入りますので、この記事に興味を持った方はそちらを参照して下さい。

それでは要点に入ります。

Apple Watchでは大きく分けて、3種類の情報の見せ方がある

  • WatchKitアプリの通常起動(Apple Watchホームスクリーンからマニュアルで起動)
  • ちら見(Glance)
  • お知らせ(Notification)

WatchKitアプリではIn-Depth UXを使う

WatchKit App

  • ドリルダウンのような階層型とスワイプによるページングの2種類のうち、どちらか一方を選んで使います。

「ちら見」機能(Glances)は、見るだけが基本

Glance

  • オプションで「ちら見(Glance)」を使うこともできます。
  • ここでは、小さくまとめた、明示的情報を見せます。
  • テンプレートベースのUIになります。
  • リードオンリーで、ここでタップするとWatchアプリを起動します。

お知らせ(Notifications)にはShort-LookとLong-Look、2つの状態がある

Notifications

  • カスタムUIを備えた、お知らせ(Notification)も作成できます。
  • LocalもしくはRemoteの情報を表示します。
  • トランジションやアクションボタンを設定できます。
  • 静的な画面が必ず必要です。
  • シミュレータでJSONを使うことで挙動チェックが可能です。

WatchKit Appは、それ単独では動かない

Communication between a Watch app and WatchKit extension

  • WatchKitアプリはiPhoneアプリと強調して動作します。
  • WatchKitアプリ単体にはUI部分だけを含み、プログラムはホストとなるiOSアプリが持ちます。
  • UIの状態更新はiPhone側から行うことになります。

ホストiOSアプリをWatchKit Extensionで拡張する

  • 各スクリーン毎にUIに紐付けられたコントローラーが必要です。
  • UIはストーリーボードで作成する。UI要素の管理はoutlet経由でコードから行います。
  • ユーザーのアクションそれぞれがUI要素と対応するようにtarget-actionデザインパターンを使います。

WatchKit Frameworkについて

  • UI要素は「ラベル」「ボタン」「イメージ」「スイッチ」「スライダー」の他に、特殊なものとして、視覚的に要素を区切る「セパレータ」およびラベルの特殊型で動的に更新される「日付とタイマー」があります。
  • iOSとは違い、WatchKitではオブジェクトは左上から右下へ向かって自動的に配置されます。
  • レイアウトのため、UI要素を垂直もしくは水平方向にグループ化できます。グループはネストすることもできます。
  • マージンやスペースの調整ができます。
  • 背景色や背景画像の変更が可能です。
  • ダイナミックコンテンツのためにテーブルを使えます。テーブルの行はテキストや画像などの複数の型の表示をサポートしています。
  • 地図はインタラクティブではないスナップショットですが、動的に設定されます。
  • 地図にはピンや画像など5つまでの注が付けられます。
  • 地図をタップすると「マップ」アプリが起動します。
  • アプリ画面の長押しでコンテキストメニューを表示し、規定サイズのボタンを4つまで出すことが出来ます。

どうでしょうか。画面サイズが小さいこともあり、iOSアプリと違って、UI、アプリケーションロジックともに、「制約を上手く使っていく」という開発プロセスになりそうです。
なお、2015年、つまり来年の末にはApple Watchネイティブの開発も出来るようになるとのことですので、その頃にはまた違ったUIもあり得るようになるのかもしれません。

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